人間は何かを排出することに喜びを覚える

今までの経験から、人間は排出することに喜びを感じると思う。排出するものは何でもよく、涙、尿、便、声(歌、会話含む)、運動、外部に影響を与える全てが含まれる。

朝の排便や感動して思いっきり泣くことでスッキリすることは誰もが実感すると思う。そうであれば、運動、勉強、仕事などでも同様に全力を尽くしたい生き物であると考えられる。全力をつくすことは辛いことではあるが、一方で努力している最中にアドレナリンができることもあるし、終わった後はやりきった感を覚える。部活の引退試合や、官僚の試験が終わったときなどは、辛さの一方でやりきった自分を褒めてあげたい気持ちにもなった。

辛さが深ければ深いほど、喜びも大きくなるというのは僕にとって真実であるし、31歳にして人生を諦めたりあがったと思いたくはなく、辛いだろうが全力で取り組みたい。

中の良い同級生の物理博士に「人間は全力を尽くしたい生き物だと思う」と言ったら、彼も同意していたから、人間共通の性質だと確信している。そんなことを考えている時にバイブルである「エースを狙え!」にこんなセリフがあったから、引用して筆を置くこととする。

「慟哭の中にこそ心理があり、真髄が見える。大した苦しみもないかわりに対した喜びもなく、大した努力もしないかわりに対した成果も得られず、ぬるま湯につかったように生きて死んでいく人間が多い中で慟哭を味わえる人間は幸せなのだと。だからその慟哭と真正面から対決しなければ真の人生は行きられない。」